アヒトの声明文に泣いた夜の話

ナンバーガールのドラマー・アヒトイナザワがかつて差別的表現を楽曲に盛り込んだことなどから人種差別主義者だと非難されていることについて、本人が声明を出したことが話題になっています。

僕はアヒトにとても音楽的に影響を受けてます。僕はナンバガのコピーでドラム叩いたりVOLAの1stすごく良く聴いたりしてて、体内の0.3%くらいがアヒトで構成されてると思います。だから彼がウヨってることも知ってたし、楽曲に差別表現が多少含まれてても別にいいと思ってて、そのうえでこの声明には本当にがっかりしました。

典型的な逃げコメントではないか

別の記事で書きましたし本人が認めていますが、件の楽曲はかなり強い意図と政治性があります。ゆえにアヒトは作品の狙いを説明することは簡単にできたはずだし、ここで説明しなければせっかくの力作の価値がゴミになってしまう。しかしそれにも関わらず彼は寄せられた非難を「誤解」を基にした「ご意見ご忠告」に読み替えて、具体的な「自分の意図」を何も説明せずに済ませてしまった。事の発端は被差別当事者から直接的な非難が寄せられたことだというのに、ましてやアヒト本人曰く「そういったこと(=差別)がなくなるよう強く願って」いるのに、それはないだろう。当事者からすれば慇懃無礼のイヤミでしかない。

実はこういう「誤解」であり「意図はなかった」という文章は、これまでも世の中に多く登場してきました。近しい例では杉田水脈がLGBT差別記事を執筆したことに対して「誤解を招き心苦しく思っている」「差別する意図は一切ございません」と述べたところです。丸山和夫がオバマ米大統領について「黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ」と発言した時もほぼ同じことを言っています。僕の大好きだったアヒトイナザワが、こういう白々しいダメ言説を再生産しているのを見て物凄く悲しくなってしまったのです。

おそらく彼はこの問題に対して真剣に取り組むつもりがないのだろうなということが透けて見えて、半年後に行われる再結成ライブには白々しいままのアヒトイナザワがステージに立つのだろうなという嫌な予感にさいなまれています。VOLAを聴いていた自分としては、自作品の説明を放棄したことにもショックを受けました。

bonobosのVo.蔡忠浩が悪い?

もう一つ極めて残念だったことがあります。

そもそも事の発端はbonobosのVo.蔡忠浩がナンバーガールの再結成に際して、アヒトイナザワのことをレイシストであり仮に同じ野外フェスからオファーがあっても共演できないとTwitter上で非難したことです。それに対しネットでは「むしろそんな罵声を浴びせる蔡忠浩こそ排外的」だという声が目立ちました。僕は一切支持しません。

確かにアヒトは日ごろからヘイトスピーチを放っているわけではなかった。しかし説明なしで「特ア」という民族差別的ネットスラング入り歌詞をメジャー流通させた以上、信条の自由を掲げれば済む話ではありません。繰り返しているように、説明すべきは彼のほうです。(それ以上「アヒトイナザワがレイシストである具体的な根拠を示せ」とかいう人は今後評論的なものを読むのをやめて数式か辞書と一生ファックしててください。)

忘れていけないのは、蔡忠浩はフェス主催者の判断にも疑問を投げかけていることです。いま日本在住の中国・韓国・朝鮮人は140万人を超えており、フェスにも百人単位で訪れていると想像されます。少しライブが好きな人なら分かると思いますが、あの手のイベントはその気になれば置き引きや痴漢といった犯罪は簡単にできてしまう環境なので、被差別者にとって身の危険を感じやすい空間でもあります。その中での「ネトウヨはあくまで政治思想の一ジャンルなのか」という問いは、軽くありません。

ちなみに他のバンドの事例では「ジプシー」という単語に物言いがついた時にお詫びを掲載しています。どついたるねんも楽曲をお蔵入りにしたことがあります。古い事例では、たまの曲の「よんよんよん」という歌詞が差し替えになった記憶があります(部落差別的ということです)。これに比較しても、蔡忠浩は決して過剰反応とは言えません。

それでも信じる自分がいる

こうしてアヒトイナザワは多くを語らず、ファンの多くはその無責任を受け入れてしまいました。僕は白いテレキャスターを買うくらいナンバガ好きだし、canopusのスネア試奏するくらいアヒト好きだし、RSRもその後も期待してる。フェスまでの半年間に良いきっかけを掴んでほしいが、その間に彼に何か手を差し伸べる人がいることを祈るしかないです。

これを読んだ皆さん、どうかただのネットゴシップにしないでください。

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